
少子化対策として、経済支援や制度改革ばかり論じられがちだが、若者世代の「家族を持つこと」「親になること」に対する不安にも目を向けるべきではないか。彼らはなぜ不安なのだろうか。その背景にあるものは何か。そして不安解消の一手段となりうる「家族留学」とはどのようなものか。特定非営利活動法人manmaの越智未空代表理事がその取り組みを紹介する。
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はじめに
少子化が深刻な社会課題となるなか、国や自治体は経済支援や保育サービスの拡充、働き方改革など様々な施策を進めている。しかし、若い世代と日々向き合う現場で感じるのは、制度やお金だけでは解決できない課題の存在である。それは、「家族を持つ未来を具体的に想像できない」というものだ。
国立社会保障・人口問題研究所が実施した第16回出生動向基本調査によると、18~34歳の未婚者のうち「いずれ結婚するつもり」と回答した人は男性が81.4%、女性が84.3%にのぼる。また、結婚意思を持つ未婚者の平均希望子ども数は男性1.82人、女性1.79人である。
少子化が進んでいるが、若者は本当に結婚や出産を望まなくなったのだろうか。少なくともデータを見る限り、そうとは言えない。むしろ、多くの若者は結婚したいと思い、子どもを持つことも望んでいる。しかし同時に、「自分にできるだろうか」という漠然とした不安を抱えているのではないか。
若者の家族形成不安に寄り添う「家族留学」プログラム
NPO法人manmaでは、10年以上にわたり若い世代の家族形成に関する不安や関心に寄り添う支援として「家族留学」プログラムを提供してきた。
「家族留学」とは、大学生や若手社会人が、自分とは異なるバックグラウンドを持つ子育て家庭を訪問し、一日を共に過ごす体験プログラムである。単なるベビーシッターやお世話体験ではない。一緒にご飯を食べ、リビングでくつろぎ、その家庭の「日常」に入り込むことで、夫婦の会話の様子や、家事分担のリアル、そして子どもがいる生活の空気感を肌で感じてもらう。
参加したい人はHPから申し込んだ後に個別面談を通して訪問したい家庭の希望条件を伝える。
例えば「東京都内で実家に頼れない中で夫婦ともに会社員としてフルタイムで子育てをしている家庭」「父親が長期の育児休業を取得した家庭」などである。家族留学の受入家庭は全国に600件以上登録があり、参加者の個別具体的な希望に合わせてマッチングし、家族留学当日を迎える。
「家族留学」は2015年に東京都内の大学生の発想で始まった。活動のきっかけとなった問題意識は、仕事だけではなく家族形成も含めた包括的な将来設計を学ぶ機会が少ないということである。
中学校で職場体験をしたり、高校・大学では社会人の話を聞いたりと、将来どんな仕事をしたいかを考える機会はたくさんあった。しかし、人生は仕事だけではない。家庭を持ったらどうなるのか、仕事と子育ての両立はできるのか。そういった家族形成に関することは学校教育の中で学ぶ機会が乏しかった。
結婚や子育てに関する身近な事例と言えば親がいるが、終身雇用の終焉や専業主婦家庭の減少など親世代が過ごしてきた社会環境と私たち世代の社会環境は変化していて、参考になりづらい。
それならば、今、仕事と子育ての両立に向き合っている家庭と交流することで多様な具体例を知り、キャリア観だけでなく家族観もアップデートできるのではないか、と「家族留学」は始まった。
そんな家族留学にはこれまで1,000名以上の若者が参加してきた。これまでに参加した方の中でいくつか印象的なエピソードを紹介したい。
「母親になれる自信がない」
24歳で結婚したAさん。社会人になってしばらくは30歳頃に結婚するつもりだった。しかし想定より早く結婚することになり、出産を現実的に考え始めたとき、不安に襲われたという。
IT企業で働くAさんの職場には、子育てをしながら働く女性社員がほとんどおらず、子どもができた女性は退職する事例ばかりだった。「このまま働き続けながら子育てなんてできるのだろうか、母親になれる自信がない」そんな思いを抱えていたそうだ。また、Aさんは専業主婦の母のもとで育った経験から、「母がしてくれたこと全部が子育てだとしたら、仕事との両立なんて無理だと思っていた」と振り返る。
しかし、「家族留学」で出会った家庭は違った。夫婦で育児休業を取得し、家事も育児も協力しながら暮らしていた。そして訪問先のお母さんから、「子どもを産むまでずっと不安だった」という率直な言葉を聞いた。
Aさんは参加後にこう語っている。「母親になれる自信がないと産んではいけないと思っていました。でも、産んでから一緒に成長していけばいいんだと思えました」。
「SNSではマイナスな情報ばかり目につく」
結婚3年目のBさん夫婦は、子どもを持つかどうか悩んでいた。周囲には子育て中の友人がほとんどおらず、SNSで目に入るのは育児の愚痴や夫婦喧嘩、家事負担への不満ばかりだった。Bさんは、「マイナスな面しか見ないと子どもを持つことをやめたくなると思った。だから子育てのプラスなイメージを持ちたかった」と家族留学への参加を決めた。
訪問した家庭では、生後6か月の赤ちゃんを育てる夫婦が、楽しそうに子育てをしていた。「子どもが生まれて夫婦仲が悪くなったことはない、むしろ以前より良くなった」そんな話を聞いたり、訪問先のお母さんから「生まれるまでは自分が子どもを好きになれるか不安だったけど、生まれてみたら本当にかわいかった」と聞いた。
Bさんは参加後に「育児の苦しさがないのではなく、楽しさが苦しさを大きく上回るのだと知りました」と振り返っている。一緒に参加したBさんの夫は、赤ちゃんと接した経験がほとんどなかった。しかし訪問先で赤ちゃんと過ごし、「赤ちゃんってこんなにニコニコしているんだ」と驚いたという。家族留学から帰宅した後には、自社の育休制度を調べ始めたとのことだった。
家族形成不安の背景にある社会環境の変化
AさんやBさんのように将来の家族形成に関する不安や悩みを抱える多くの人が「家族留学」に参加してきた。では、なぜこのような不安を抱えているのだろうか。
NPO法人manmaの取り組みを私自身より上の世代の方に紹介すると「子育てなんてなんとかなるのに、なんで今の若い子たちは不安なんだろうね」と言われることがある。この「なんとかなる」という感覚について、なぜ上の世代と私たち世代で違うのか、なぜ私たち世代はこの「なんとかなる」という感覚を持ちづらいのだろうか。
かつては、親戚の子どもや近所の赤ちゃんと自然に触れ合い、地域の中で子育てを目にする機会があった。しかし、核家族化や都市化が進むなかで、そのような接点は次第に失われていった(※ 厚生省『厚生白書 平成10年版』第1編第1部では、近所付き合いや親戚付き合いを通じた子育てへの関わりの喪失と、母親の孤立した育児について指摘している)。
日常の中で子どもと触れ合う機会が減少した一方で、スマートフォンを開けば育児や結婚に関する情報は溢れている。長時間労働、ワンオペ育児、保育園不足、産後うつ、夫婦間の葛藤…。若い世代はSNS上に溢れるネガティブな情報を通して、「共働きで本当にやっていけるのか」「子どもが生まれたら自由な時間はなくなるのではないか」「仕事を続けられるのだろうか」といった漠然とした不安を抱えやすくなっている。
そうした不安を語る人々は、SNSを通して多くの情報を持っている。しかしその一方で、「なぜ親たちは子どもを持とうと思ったのか」「夫婦はどのように協力しているのか」「大変さの中にどんな喜びがあるのか」については具体的なイメージを持てていないケースが多い。そこに、現代の若い世代の家族形成不安の一因があるように思う。
これまで「家族留学」に参加した人の多くは、参加前に抱えていた漠然とした不安が前向きに変化し「なんとかなるかも」という感覚を持って帰るのである。
参加者へのアンケート結果では、「共働き・子育てとの両立への不安が解消された(86.0%)」、「結婚したい気持ちが強まった(80.6%)」「子どもを持ちたい気持ちが強まった(84.9%)」と、家族形成に関する不安が前向きな意識に変化していることがわかる。
また、興味深いことに受け入れ家庭にも前向きな変化をもたらしている。受け入れ後のアンケートでは「質問に答えるなかで、自分たち家族について改めて考える機会になった」「自分の経験が若者の役に立ったことがうれしかった」「自分たちの何気ない日常にも価値があることに気づいた」こうした声が数多く寄せられている。家族留学は若い世代への支援であると同時に、世代間のつながりを回復する取り組みにもなっている。
少子化対策というと、どうしても即効性のある経済支援や制度改革に目が向きがちになる。もちろんそれらは不可欠だが、それを受け取る若い世代の気持ちに寄り添い、不安を解消するような取組も必要なのではないか。若い世代が子どもや家庭と出会い、多様な生き方に触れ、前向きなヒントを得る支援が必要だと考える。
「家族留学」は結婚や出産を勧めることが目的ではない。多様な家族のあり方を知ったうえで、一人ひとりが自分らしい人生を納得感をもって選択できる社会を作りたいと思い、この取り組みを続けている。
多様な家族のあり方に触れることで、「あんなふうになりたい」「こういう形もありなんだ」という引き出しを増やしておくこと。それが、いざライフイベントに直面した時の「選択する力」になると信じている。
<執筆者略歴>
越智 未空(おち・みそら)
特定非営利活動法人manma代表理事
1994年、神奈川県生まれ。
法政大学経営学部在学中にオーストラリア・シドニー大学へ留学しジェンダー学などを学ぶ。
大学時代から関わっていた任意団体manmaの活動を継続し2021年にNPO法人化。現在は代表理事として若者向けライフデザイン支援プログラム「家族留学」などを全国で展開。
こども家庭庁「若い世代の描くライフデザインや出会いを考えるワーキンググループ」委員等を歴任。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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