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遺族「米兵が守られすぎている」 日米地位協定の壁 在日米兵の交通死亡事故

国内
2025-06-08 07:30

2等兵曹に言い渡された執行猶予付き判決

今年5月27日、横浜地裁横須賀支部。
在日米軍横須賀基地に所属する2等兵曹の男性(22)に、判決が言い渡された。


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2等兵曹は去年9月、神奈川県・横須賀市の国道で、車を運転中に右折が禁止されている交差点を右折し、対向車線のバイクと衝突。バイクを運転していた会社員の伊藤翼さん(当時22)を死亡させた過失運転致死の罪に問われていた。


検察側の求刑は禁錮1年6か月。遺族は実刑を求めていた。
2等兵曹に言い渡された判決は、執行猶予4年が付いた禁錮1年6か月だった。


この事故の取材を通じ、日米地位協定の様々な問題点が浮き彫りになった。


法廷内に米軍法務官

在日米兵の刑事裁判の法廷は、一般的な裁判とは異なる。


裁判では証言台の後ろに、在日米軍の法務官らのための長いすと机が用意されていた。その理由は日米地位協定17条で、「合衆国政府の代表者を裁判に立ち会わせる権利」が保証されているためだ。


スーツ姿の法務官の男性が入廷した。法務官は、500mlのミネラルウォーターが入ったコンビニの袋だけを持っていた。被害者代理人による意見陳述の際には、右肘を長いすの背もたれに置きながら聞いていたが、遺族による被告人質問などはしっかりとメモを取っていた。


検察側が最初に請求した証拠は、一般的な裁判では存在しない文書だった。
それは、検察官が米軍側に対し、2等兵曹に裁判権を行使する(=起訴する)旨を伝えたとする通知書だった。日米両政府の合意では、検察官は米軍側に対し、容疑者が勾留されていない在宅事件でも、書類送致されてから20日以内に裁判権を行使するか否か、通知する必要があるからだ。


通常、在宅事件の場合は、書類送致後に検察官が起訴か不起訴かを判断するまでの期限は決められていない。

検察側が手続きを正しく行っていることを立証する必要があり、通知書を証拠として請求したとみられる。


「事故後も週に4回程度、運転している」

2等兵曹は弁護側の被告人質問で「事故などを起こすと、憲兵隊を呼ぶよう指示されていて、事故直後に憲兵隊を呼んだ」と証言した。また、我々の取材などから、2等兵曹が110番や119番通報をしていなかったことも明らかになっている。


日米地位協定では公務外の兵士が、事件・事故を起こし、警察が先に捜査を開始していた場合、日本側に捜査権があるとされている。この事故でも、警察官が憲兵隊よりも先に現場に到着し、捜査を開始していたが、2等兵曹は後から到着した憲兵隊に連れられ基地に帰っている。


一般的に日本で死亡事故を起こせば、免許取り消しになる。しかし、2等兵曹は「基地内だけ」と前置きしたうえで「週に4回程度、交際相手の車を運転している」と証言した。


米国で有効な運転免許証を持っている兵士らは、軍が発行する「許可証」を取得すれば、日本の公道で運転することができる。

警察庁によると、この「許可証」を持っている兵士らは日本の行政処分(免許取り消しなど)の対象ではないという。


警察が違反行為を取り締まっても、米軍側に内容を通知して、処分は米軍に委ねることになっている。今回の場合、米軍が2等兵曹の「許可証」を取り上げていなかったこともわかった。


横須賀基地の兵士に話を聞いたところ、「『許可証』を取得するには日本の交通法規などのテストに合格する必要がある」と話した。しかし、2等兵曹について、判決では「道路標識の意味を正しく理解していない」と厳しく指摘されている。


在日米軍が提出した“異例の書簡”に「司法の独立脅かす」と批判も

弁護側が提出した証拠にも、「異例の書簡」が含まれていた。
在日米海軍の法務部長から裁判官に宛てた書簡には、このように書かれていた。


米国の方針としては、仮に執行猶予付き有罪判決が言い渡され、それが受入国の法律に基づき確定した場合には、被告人を受入国から米国本土へ移送することを迅速に検討することになっています。再度逮捕されるような事案があった場合、長期の自由刑となる可能性があることから、最も例外的な事案を除いて、この措置が適切であると考えています。


遺族の代理人を務め、在日米軍の問題に詳しい呉東正彦弁護士は、判決後の会見で憤った。「米軍が組織として裁判官に対して、執行猶予付きの判決を求めたのだと受け止めた。一国の軍隊や政府機関が裁判所に書簡を出せば、司法の独立を脅かすような圧力がかかるのは間違いない」。


裁判官は執行猶予を付けた理由を「被告が事実関係と過失を素直に認め、真摯に謝罪していること。交通違反歴を含む前科前歴がないこと」などとした。書簡に記載されていた米軍側の「執行猶予付き判決が確定すると、迅速に帰国させる」という方針への言及はなく、書簡が判決に影響したのか否かはわからなかった。


裁判官の「沈黙の15秒」

法廷では、思いがけない場面があった。

裁判官が主文を言い渡し、淡々と判決理由を読み終えた。本来であれば「説諭」あるいは閉廷を宣言するタイミングだ。しかし、裁判官は何も言わず、法廷は静寂に包まれた。

通訳人や被害者代理人は、何が起きているのかわからず、不思議そうに裁判官の方を見た。


裁判官は机の上で組んだ手をじっと見つめていた。
沈黙は15秒ほど続き、やっと言葉を発した。

「判決の内容は以上の通りです。これで閉廷するので傍聴人は退席してください」。

この15秒間、裁判官は何を思っていたのだろうか。


弁護人から漏れた本音「よくある事故」遺族は「相手が守られすぎている」

翼さんの遺骨は、自宅の居間に保管されたままだ。翼さんの父親(64)は、涙ながらに話した。「まだ戒名もつけていない。こっちの世界で生きた時間があまりにも短すぎたので、『翼』として“上の世界”でも生きて欲しいんだ」。

1周忌の今年9月に納骨するつもりだったが「今の気持ちでは納骨できない」という。


事故当日に翼さんが履いていたズボンを見せてもらった。右ひざの部分が事故の衝撃で破れていた。母親(56)が買ってあげたズボンだった。

「仕事に行くときは、このズボンをいつも履いていた。お気に入りだったんだと思う」。

母親は、翼さんのピアスをネックレスに通して、肌身離さずつけている。


翼さんの死後、両親は翼さんの横顔を知ることになった。
両親は定期的に現場を訪れ、献花している。ある日、花束の隙間に置かれていた手紙を見つけた。翼さんの職場の同僚が書いたものだった。


「最初は怖そうだと思ったけど、忙しい時は残って手伝ってくれた。伊藤君の優しさはとても温かく、大好きだった」


母親は「家では仕事のことはあまり話すことはなかったけど、こうやって慕ってくれた仲間が心を痛めていることを知って、さらに悲しくなる」と話した。


2等兵曹側は、判決をどう受け止めたのか。
閉廷後、2等兵曹の弁護人に話しを聞いた。


判決への評価は避け「判決を受け入れるか、控訴するかは米軍と2等兵曹が決めることだ」とした。そのうえで「この事故はそこまで注目されるものなのか。1人が亡くなっているが、よくある事故じゃないか」と付け加えた。


判決から10日後の6月6日、両親は横須賀警察署を訪れ、翼さんのバイクを初めて見ることになった。


125ccの白いバイクの前方は、原形を留めておらず、事故の衝撃を物語っていた。
母親は、一輪の薄紅色のカーネーションを座席に供え、父親は翼さんが好きだった煙草を線香がわりに置いた。


その後、2人は翼さんが最後まで触れていたであろうアクセルを握り、そっと目を閉じた。


この日、両親は警察署だけでなく防衛省南関東防衛局の事務所を訪れ、横須賀市役所にも足を運んだ。3者に対し、実効性のある再発防止策を実施するよう申し入れを行った。いずれも「申し入れの内容を検討する」という趣旨の回答をしたという。


裁判は検察側と2等兵曹側の双方ともに控訴せず、執行猶予付きの判決が確定する見込みだ。そして、「米軍の方針」に従うと2等兵曹は間もなく米国本土に帰国する。


母親は「心の整理ができていないが、翼のためにできることをやっていきたい」と今の心境を語ったが、ぶつけようのない思いを抱えたままだ。


「あまりにも相手(2等兵曹)が守られすぎている」。


日米地位協定は1960年の締結以降、一度も改定されていない。


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岸将之
TBSテレビ 調査報道部特別報道班
東京・葛飾区出身。これまで所属した社会部では東京地検特捜部や裁判所などの取材を担当。その後、「報道特集」に所属し東京五輪での「弁当13万食廃棄問題」や、侵攻が始まった翌日からウクライナ・ベラルーシの両国で取材をした。 2024年7月から所属する特別報道班ではM&Aで中小企業が悪意ある買い手企業の被害に遭っている実態を取材。


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