
アメリカのトランプ大統領が第47代大統領に就任してからまもなく100日を迎える。大統領令を乱発し、“相互関税”で世界に圧力をかけるなど連日ニュースを賑わせているが、そんなトランプ第二次政権の動向をJNNワシントン支局の樫元照幸支局長が定点観測する。初回は、トランプ政権の新たなメディア戦略を中心にウォッチング。
【写真を見る】「就任100日」トランプ2.0 WATCHING ~“ニューメディア”重視と「洪水戦略」~【調査情報デジタル】
トランプ政権の「ニューメディア優先」宣言
トランプ大統領が執務を行うホワイトハウスの西棟(ウェストウィング)。その建物の脇にはブリーフィングルーム(記者会見室)がある。1月28日、私は報道陣ですし詰めとなったその部屋に取材に来ていた。この日、トランプ第二次政権発足後初の報道官会見が行われたのだ。
壇上に立ったのはレビット報道官。保守派のFOXニュースのインターンや大統領選挙でのトランプ陣営の広報担当などを務め、27歳という史上最年少で政権のスポークスパーソンに抜擢された。
トランプ政権初めての報道官会見の冒頭、レビット報道官が表明したのは「ニューメディアを優先する」との方針だった。“ニューメディア”について「インターネットニュース、個人で活動するジャーナリスト、ブロガー、ポッドキャストなどだ」と説明し、対比として大手メディアのことを“レガシーメディア”と呼んだ。「レガシー」を辞書で引くと「(過去からの)残留物、遺物」と出てくる。トランプ政権の意味するところは「古いメディア」というところだろう。
ホワイトハウスの記者会見室には49席の椅子があり、それぞれの椅子の足元には「CBS」「AP」「CNN」「ワシントンポスト」などとメディアの社名が記されている。いずれもトランプ政権の認識では“レガシーメディア”に分類されるメディアだろう。
バイデン前政権までは最前列に座る7つのメディア(NBC、FOX、 CBS、 ABC、AP通信、ロイター通信、CNN)が優先的に質問を認められてきたが、トランプ政権はその慣習を撤廃。報道官が立つステージの脇に「ニューメディア席」を設け、優先的に質問する権利を与えたのだ。
トランプ政権に対して最初の質問の機会を与えられたのはインターネットメディアの「アクシオス」と「ブライトバート」だった。このうち「ブライトバート」はトランプ氏の元側近のスティーブ・バノン氏がかつて率いたメディアで、トランプ政権を応援するかのような記事を発信している。世界を揺るがす「相互関税」についても「トランプ大統領は市場も同盟国も中国をも出し抜いた」、「関税戦争に中国が敗れる5つの理由」といった見出しで、政権の判断を称賛している。
私のすぐ目の前には「Real America’s Voice」というインターネットメディアのリポーター、ブライアン・グレン氏がいた。「Real America’s Voice」はトランプ氏を熱烈に支持し応援するメディアと言ってもよいだろう。
グレン氏は2024年の大統領選挙期間中、全米を飛び回ってトランプ候補の動向を報告し、トランプ氏の単独インタビューを何度も行ってきた。トランプ氏が喜びそうな質問を投げかけ、「トランプ氏のお気に入り」とも言われている。そのグレン氏がホワイトハウスに常駐するリポーターとなっていたのだ。
記者会見室でのグレン氏の質問も政権が喜びそうなものだった。直前にトランプ大統領が不法移民を南米コロンビアに強制送還した際、コロンビアの大統領が一度は受け入れを拒否したもののトランプ氏の圧力で一転受け入れを認めたことについてこう尋ねた。
「これは世界の指導者たちがトランプ大統領に尊敬の念を抱いていることを示したものでしょうか?」。これにレビット報道官は「その通りです。『強さによる平和』の復活です」と満足そうな顔で回答していた。
グレン氏の質問は別の場面でも異彩を放った。トランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領がメディアの前で口論を繰り広げた2月28日の首脳会談で、ゼレンスキー氏に対して「なぜスーツを着ないのですか?この国の最高レベルのオフィスにいるのに、スーツを着るのを拒否している。スーツは持っていますか?」と尋ねたのだ。「トランプ氏に対して失礼だろう」という批判をにじませたものだった。
アメリカ大統領の取材の多くは「プーラー」と呼ばれる限られた数の代表取材班が行い、「ホワイトハウス記者会」に加盟する我々のようなメディアに取材内容を配信する決まりになっているのだが、トランプ政権の応援団のようなグレン氏らは大統領の取材機会へのアクセスを常に認められ、トランプ大統領が「今の質問は良い質問だ」と言いながら持論を展開する場面が連日見られている。
一方で、”レガシーメディア”のAP通信はこのプール取材から排除されるという措置をトランプ政権から受けた。トランプ政権が「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に改名した後も、「メキシコ湾」と呼称し続けていることに対してトランプ政権の怒りを買ったのだ。
その後、連邦地裁が「言論の自由を保障する合衆国憲法修正第1条に違反する可能性が高い」として政権にその措置の撤回を命じたが、政権の主張を受け入れないメディアには“懲罰”を与えるとの姿勢は、今後も続くとみられる。
“レガシーメディア”の現状と“ニューメディア”の興隆
トランプ政権の「ニューメディア重視」の背景には、国民が情報ツールとして接するメディアの多様化が背景にある。「ニューメディア優先宣言」をしたレビット報道官は、「今では何百万人ものアメリカ国民、特に若い人は今やニュースを伝統的なテレビや新聞からは得ていない。ポッドキャストやブログ、ソーシャルメディアから得ているのだ」と強調した。
アメリカにおける2024年10月の世論調査(ピューリサーチセンター)では、「どのメディアを通して政治や選挙のニュースを知りますか?」との問いに対して、最も多かった答えは「テレビ」の35%だったが、年代別に見ると大きな差があり、テレビを見ているのは年配の人ばかりで、若い人の多くはソーシャルメディアでニュースを得ることが示された。
若い層ではポッドキャストも大きな情報ツールとなっている。例えば人気番組の「The Joe Rogan Experiece」のフォロワーはSpotifyで1450万、YouTubeで1960万人もいる。これに対して、例えばABCテレビの夕方ニュースの視聴者数は約700万人と、半分以下である。
トランプ大統領は2024年の大統領選挙の最終盤で「The Joe Rogan Experiece」に出演し若者層への支持を広げたと言われたが、この番組への出演を進言したのは息子のバロン氏(19)だった。このポッドキャスト番組はトランプ政権始動後も「政府効率化省」を率いるイーロン・マスク氏が出演するなど有効な発信ツールとなっている。
“ニューメディア”と言っても報道姿勢や政権へのスタンスは様々だが、トランプ政権下において存在感を高めているのは「Real America’s Voice」のようにトランプ氏を称賛するメディアだ。
トランプ氏の支持者にどんなメディアを見ているのかを尋ねると、「Right Side Broadcasting Network(直訳:正しい側の放送局)」とか「One America’s News(直訳:1つのアメリカニュース)」といった聞いたこともなかったようなメディアの名前が出てくる。同じく支持者に人気の元FOXニュースキャスターが運営する「タッカー・カールソン・ネットワーク」は、トランプ氏だけでなくロシアのプーチン大統領のインタビューも行ったことで注目された。
トランプ政権下で特に視聴者を伸ばしている“ニューメディア”に「Newsmax」がある。ケーブルテレビでの視聴者数はCNNに次いでニュースチャンネルとして4番手に位置しているが、視聴率が伸び悩むCNNに対し「Newsmax」は今年に入って視聴者数が前年比で50%も伸びたと発表された。CNNに追いつくのも時間の問題かもしれない。
この「Newsmax」はトランプ大統領のゴルフ仲間のクリストファー・ラディ氏がCEOを務めていて、2020年の大統領選挙の後にトランプ陣営が主張する「選挙で不正が行われた」というメッセージを繰り返し報道したことで知られている。
JNNの取材に対してラディCEOは「その情報がたとえ不正確であったとしても報道機関としてそれを報じる義務がある」、「結局人間は自分が『真実だ』と思うものに飛びつくのです」と話した。こうした“報道姿勢”のメディアが確実に存在感を増しているのだ。
トランプ政権のレトリックの危険性
こうしたメディア環境の中で、トランプ政権のメディア発信が変化するのも当然の成り行きともいえる。“レガシーメディア”というフィルターを通せば批判的に切り取られることも多い。であれば“ニューメディア”で情報の受け手に直接メッセージを届ける方が政権にとっては都合はよい。「見出し」を自分たちで作り、正当性を強調できるからだ。
この姿勢が明白になった2つのニュースが3月にあった。
1つは敵性外国人法を適用した不法移民の国外追放だ。ベネズエラの犯罪組織の構成員だとみなした数百人を通常の司法手続きを取らずに拘束し、飛行機でエルサルバドルに追放した。エルサルバドルが誇る巨大刑務所に収監される様子はSNSで発信されアメリカでは連日大きなニュースになった。
“レガシーメディア”は戦時下の法律を適用することの是非や、裁判所の国外追放停止命令に応じなかったことを問題視して報道していた。にも関わらず、政権側は「これでアメリカは平和になった。これは選挙でアメリカ国民が望んだことだ」との発信を繰り返し、停止命令を出した判事については「過激左翼で狂っている」と攻撃した。それをそのまま報じる“ニューメディア”も多く、政権側の伝えたいメッセージはインフルエンサーなどによって瞬く間に拡散されていった。
もう1つは、政権の幹部が民間の通信アプリ「シグナル」を使って軍事攻撃に関する情報をやりとりし、そこに雑誌の編集長を誤って招待していたことが明らかになった事案だ。この件が大きく報じられても政権側は過ちを認めることはなく「機密情報は含まれていなかった。だから問題はなかった。」とのメッセージを繰り返し発信するだけでなく、この件を報道した編集長を「ゴミを売り歩く最低な野郎だ」と罵った。
「自分たちの主張が正しく、批判するレガシーメディアは間違っている」。トランプ政権はこうした情報発信を続け、その主張を称賛するメディアを通して情報を得る人が増えている。これが今のアメリカの変化だ。
もちろん“レガシーメディア”も奮闘していて、政権内部の動きにしっかりと目を光らせスクープ報道も検証報道も続けているが、トランプ政権は事実上“相手にしていない”と言っていいだろう。
支局発の原稿が倍以上に~トランプ政権の「洪水戦略」~
トランプ政権は大きなニュースになるような発表を次々と打ち出しているが、これは「Flood the Zone戦略」というメディア戦略だと言われている。「Flood the Zone」とは「一帯を氾濫させる」という意味で、議論を呼ぶような案件を同時多発的に打ち出すことでメディアや反対派がすべてを対応しきれない状況を作り、じっくりと議論させる余裕を与えないという戦略だ。
2017年のトランプ第一次政権で首席戦略官を務めたスティーブ・バノン氏が採用した戦略で、バノン氏は後に「メディアこそが野党だ」、「奴らは怠惰で愚かなので、1つのことにしか集中できないのだ」と揶揄していた。
今回の第二次政権ではホワイトハウスのスティーブン・ミラー大統領次席補佐官がこの戦略をより洗練させ、じっくり準備した上で実行に移していると報じられている。“ニューメディア”重視もバージョンアップした「洪水戦略」の中で大きな役割を果たすことが期待されているのだろう。
この原稿を書いている時点でトランプ政権が始動して約90日が経過した。この間、JNNワシントン支局が書いた原稿は600本を超えた。2017年のトランプ第一次政権始動時が245本、2021年のバイデン政権始動時が258本だったのに対して、倍以上だ。
我々も洪水戦略に飲み込まれそうになっているが、奮闘するアメリカの“レガシーメディア”同様にしっかりとトランプ政権の問題点を日本に向けて伝えていきたい。
<執筆者略歴>
樫元 照幸(かしもと・てるゆき) JNNワシントン支局長
1997年 TBSテレビ入社。社会部記者・報道番組ディレクターを経て2010年からニューヨーク特派員。「ニュース23」編集長・社会部デスク等を経て2021年からワシントン支局長。アメリカ在住計9年。ポッドキャスト「週刊ワシントン」配信中。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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