
新横綱昇進の口上は、「この世にただ一つしかない、他に求めても得られない特別なもの」との意味を持つ四字熟語――。大相撲夏場所(5月11~25日、東京・国技館)で大関4場所目の大の里が2場所連続4度目の優勝を飾り、75代横綱を射止めた。7月の名古屋場所(IGアリーナ)の番付編成会議と臨時理事会を経た直後の伝達式で、「唯一無二の横綱を目指します」と決意を述べた。
日本出身の横綱誕生は2017年初場所後の稀勢の里(現二所ノ関親方)以来8年ぶり。初土俵から所要13場所の昇進は、昭和以降で羽黒山、照国の16場所を抜く最速。学生出身では、同じ石川県出身で唯一綱を締めた輪島の所用21場所をも大幅に更新する記録ずくめの快挙を達成した。
横綱昇進時の口上で四字熟語と言えば、若貴兄弟辺りから目立つようになった。22度優勝の貴乃花は「不撓不屈(どんな困難や苦境にもくじけない強い意志)」と「不惜身命(道を修めるために身命をもかえりみない)」の二つ。続いた兄の3代目横綱若乃花は「堅忍不抜(どんなことにも心を動かさず、我慢して耐え忍ぶ)」。歴代最多45度優勝の白鵬(現宮城野親方)が「精神一倒(心を一つに集中して努力すれば、必ず成就)」。豊昇龍は「気魄一閃(何ものにも屈しない強い精神力が瞬時にあふれる)」だった。
大関昇進と同じ口上を選んだ大の里は、その理由を会見でこう説明した。「やっぱり自分で考えてこの言葉しかないと。当初は入れない予定だったが、自分はこの言葉がぴったり。緊張することなく、堂々と言えた」
夏場所はまさに破竹の勢いだった。自身初の初日からの13連勝で、15年初場所の白鵬以来となる13日目での優勝を決めた。14日目も勝ったが、千秋楽の豊昇龍戦は敗れた。それで全勝こそならなかったものの、見事に14勝1敗。初の綱とり場所で連続優勝して朗報を待っていた。
千秋楽のインタビューで「重圧はなかったのか」と問われて、「ないと言ったらうそになるが、4月の巡業で『綱とり』『横綱』という言葉をたくさんかけて頂いて、耳が慣れていた分、何も考えずに場所に臨めた」と言った24歳。場所前は体調不良もあり、調整が遅れて横綱審議委員会の稽古総見では精彩を欠いていた。「不安もあったが、(師匠の二所ノ関)親方を信じてやっていけて良かった」という15日間だった。
土俵上で得意の右差しに拘らずに192㎝、191㎏の体を活かして前に出続ける姿勢が素晴らしかった。初日の前頭筆頭若元春戦。けんか四つの左四つの相手に、まず両手突きで相手の上体を起こしたのが良かった。そこから右を差し込んで一気に寄った。差し手争いに持ち込まずに、立ち合いで先手を取って攻め切った。
11日目の若元春の弟、小結若隆景戦はさらに力強さと相撲の大きさを見せた。小柄な業師に懐に入られ、両差しを許した。だが、ここから右で上手を取り、引きつけると体を預けるようにして攻め続けた。相手に技を出させる余裕を与えず最後は豪快に寄り倒した。
右が上手でも攻め抜く相撲は、同じ形で快勝した3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)での高安との優勝決定戦でヒントをつかんだという。その後、左四つの師匠との三番稽古で動きを磨いた。快進撃で優勝を決めた時、八角理事長(元横綱北勝海)は「最高ですよ。立派。内容がいい」とベタ褒め。土俵下で見守ってきた高田川審判部長(元関脇安芸乃島)も千秋楽に「言うことはない。前に出て圧倒的な力でねじ伏せる横綱になって欲しい。楽しみだね」と満点の評価を与えた。
「大関で2場所連続優勝か、それに準ずる成績」との内規を持つ意見番格の横審も、昇進の諮問を受けた千秋楽翌日の会合では、約5分で全会一致の答申を出した。大島理森委員長(元衆院議長)は「泰然とした圧力、前進の相撲。諮問に対して、『文句なし』と理事長にお伝えした。初代横綱若乃花と栃錦の『栃若』、柏戸と大鵬の『柏鵬』のように、豊昇龍関と『大豊時代』に入って欲しい」とご満悦。池坊保子委員(元文科副大臣)は「野球で言えば、『大谷(翔平)』のような、希望の星になってくれるのではないか」と意気揚々と話した。
取組前の支度部屋を覗くと、豊昇龍は目を血走らせ、まわしを叩きながら気合を入れている。若隆景は入念にひざ、足首らを伸ばして柔らかくした上で土俵上を想定して、動きの確認をしてから花道に出ていく。だが、大の里は至って平常心だ。仕切りの形から長い脚の両ひざの屈伸と、次に腰を落として踏み込む形の二つの動作を軽く数回こなすだけ。力みも緊張感もなく、自然体を貫いている。
最近7場所で4度の賜杯。優勝回数は、3度で並んでいた御嶽海を抜いて現役1位に。圧倒的な攻撃力が図抜けているのは間違いない。ただ、課題もある。動きが止まってからの攻めの幅が狭いことと、立ち合いわずかの遅れで、安易な引き技に走ってしまう悪癖があることだ。今場所の勝った相撲の中でも、14日目の大栄翔戦は踏み込まれて慌てて引いた。だが、体が離れたところで向き直る俊敏性で事なきを得た。12日目の伯桜鵬戦も、頭を強引に押さえつけて勝った。大の里の今の力なら正面から受け止めて、勝機を開く勝ち方に徹底して欲しいものだ。
やや腰高ではあるが、四つで強引な投げに行くタイプでもないので、取り口的にはけがのリスクも多く無い。巨漢横綱だけに、今のスピードが維持できなくなってきた時の対応さえ準備して行けば、賜杯獲得の回数を伸ばし続けるのは間違いないだろう。「唯一無二」を掲げる新横綱の土俵が待ち遠しい。
(竹園隆浩/スポーツライター)
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