
「柔よく剛を制す」。昨年日本一になったプロ野球横浜ベイスターズの本拠地、横浜スタジアムから徒歩約10分。JR根岸線関内駅近くの横浜武道館で20日に開かれた全日本女子柔道選手権に、昨夏のパリオリンピック™48㎏級金メダリスト角田夏実(32、SBC湘南美容クリニック)が出場。体重制限のない無差別の大会で、最軽量級が自分よりも一回り、二回りも大きい選手から勝利を重ね、会場を沸かせた。
大会最年長、32歳の角田の初戦の相手は最年少の一人、17歳の鋳山真菜実(徳島・生光学園高3年)だった。162cmで身長は1cmしか違わないが、体重は90㎏。減量をせずに53㎏で臨んだが、それでも37㎏の差がある。体重別で言えば、6階級上の78㎏超級。最軽量級対最重量級の戦いが実現した。
距離を詰めてくる相手に対し、角田は動きまわりながら、得意の巴投げを連発した。普段の同じ階級なら相手を持ち上げてから両足でコントロールして投げ飛ばす必殺技だが、さすがに持ち上がらない。ならばと、そこからもう一つの得意技である関節技の「腕ひしぎ十字固め」を狙う。だが、今度も上から体重でつぶされ、相手の手を極めることが出来なかった。それでも、常に先手で果敢に攻める姿に観客も歓声と拍手で引き込まれる。旗判定では主審、副審の3人とも角田の優勢勝ちを支持した。
続く2回戦の橋高朱里(29、金沢学院短大教)も76㎏。5階級上の78㎏級になる。だが、今度は中盤に巴投げが決まる。一旦は「技あり」の判定が出たが、ビデオチェックの結果「有効」に。パリ五輪の男女混合団体戦の決勝、フランスとの対戦で、2階級上の57㎏級銅メダリストから一本勝ちした様を思い出させた。
本戦で決着がつかない場合に延長がある五輪や世界選手権と違い、この大会は独自ルールで旗判定を復活させ、必ず5分で決着を付ける。長引けば、スタミナ負けする小さい選手にも配慮した形になっていたが、それでも大型選手と対戦する疲労度は並大抵ではなかったのだろう。続く70㎏級の寺田宇多菜(26、JR東日本)との3回戦では、組み手で引きつけられてポイントに近い大内刈りで横転させられた。今度の旗判定は3人とも相手方に挙がった。
引き上げてきた角田は、疲労困憊していた。汗まみれで血管も浮き出ている。それでも、笑顔を見せて彼女特有の言い回しで敗戦の弁を語った。「最後の試合は攻められていると感じて、冷静な判断が出来なかった。悔しいが、やり切った感はあります。今は疲労で何も考えられない。左手小指に相手の手が当たっただけで重さを感じる。けがのリスクもある。疲労度が他の大会と全然違う。海に遊びに行った後のようです。」
この大会は元々の52㎏級から48㎏級に転向して世界王者になって以来、3度目の推薦出場。初出場は2021年。この時は初戦の2回戦で指導3を奪われ、反則負け。2度目は翌22年で、無差別初勝利(1勝)。そして今大会だ。世界選手権は21年から3連覇。体重別では国内外無敵で、敗者になるのは久しぶりのことだった。
「優勝は無理でも、一つでも多く試合をしたかった」。今年は、春先の欧州での国際大会には一度出場したが、6月の世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)の最終予選となる全日本選抜体重別選手権を欠場。この大会にかけてきた。そこまでして体重制限のない大会に挑む理由は何か。「追い込んで柔道をしている時が、一番充実している。楽しい。きつい部分があるが、このきつさは楽しい。引退したらこの充実感を味わえなくなると思うと、すごく寂しい」。五輪という大きな節目を乗り越え、年齢的にも現役を去る決断が迫ってくる中、新しい目標、刺激を求めていると感じた。
「大きい相手用に、巴投げ以外も考えてきたが、結局、苦しくなって、きょうきちんと出したのは巴投げだけだった。『どうやって投げたらいいの』と。横に落とすとか。私は持ち上げる巴投げだが、持ち上がらないなら、入る前から崩すような男子の名手のようなことをやらないと(ダメかな)」
それでも、対戦相手は脅威を感じていたようだ。初戦の鋳山は「組み手でこちらが持つ前に技に入ってくるのはさすがでした。巴投げから関節技に来るのを防ぐ練習はしてきたので出来た。でも、スピードと切れが違った」と言い、勝った寺田も「相手(角田)の持ち手が切れないし、力が強い。巴投げは体重差があるので、腰を落として受けられたが、圧力があった」と話した。
男子では最軽量級が無差別の全日本選手権に挑むのは、過去にも何度かあった。だが、非力で腕の力で体重のある相手を組み止めることが難しい女子は体重別が主流。谷亮子(旧姓 田村)を始め、けがの不安も考慮して、最軽量級の五輪、世界王者は出場を見送る例がほとんど。角田を除くと、東京五輪は銀メダルの渡名喜風南(29、パーク24)がいるくらいだ。
この日、約1500人の観客席は角田の出場が決まって前売り券は完売していた。恐らく皇后杯では初ではないか、と思われる満員状態での戦いだった。「私も結構、連絡をもらった。『初めて柔道の大会を見に行きます』とか。すごく嬉しい。柔道界を盛り上げるためにも、自分も頑張らないと」と話した角田は、敗れた後はネットの生放送の解説席に飛び入り。最後までファンを楽しませた。
「この大会は開会式の選手入場から五輪、世界選手権とは違う緊張感がある。勝って当たり前ではない大会で負けて悔しい。もっと出来ることがあったんじゃあないか、と思っちゃう。まだ、まだ私は勝負の世界に居たいんだな、と分かった」
柔道の奥深さ、神髄を求める楽しさと、ファンの期待を改めて知った無差別級への挑戦。日本の柔道史上、最年長で五輪金メダルを獲得した角田の歩みは、まだ続く。
(竹園隆浩/スポーツライター)
・スマホのバッテリーを長持ちさせるコツは?意外と知らない“スマホ充電の落とし穴”を専門家が解説【ひるおび】
・「水道水がおいしい都道府県」全国1位は?“蛇口からミネラルウォーター”の地域も【ひるおび】
・「パクされて自撮りを…」少年が初めて明かした「子どもキャンプの性被害」 審議進む日本版DBS “性暴力は許さない”姿勢や対策“見える化”し共有を【news23】