
「侍」ならではのアクションがハリウッドからも高い評価を受け、時代劇の「斬られ役」も話題となるなど、今、国内外で改めて注目を集めている日本独自のアクション技術。
【写真をみる】『DOPE 麻薬取締部特捜課』が魅せる最新VFX技術とリアルな身体表現
一方で、国内では映像制作現場の縮小とともに、伝統的な殺陣そのものが表現の場を失いつつあり、映像業界全体でも、人材不足が課題となるなど、アクション業界の未来は明るいだけではない。CGやVFX(視覚効果)を駆使した大作が増える中で、生身の肉体が生む“説得力”をどう継承し、発展させていくかが、問われている。
こうした課題にも向き合いながら、最新のVFX技術とリアルな身体表現の融合に挑んでいるのが、TBS金曜ドラマ『DOPE 麻薬取締部特捜課』でアクション監督を務める田中信彦氏だ。彼の仕事には、今後の映像アクションのあるべき姿を示す、多くのヒントが詰まっている。
アクション監督という仕事
『DOPE 麻薬取締部特捜課』の特徴は、キャラクターたちが異能力を使って戦うファンタジー的要素と、リアルな身体表現をどう融合させるかにある。田中氏は、これまでドラマ『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(2017年/カンテレ・フジテレビ系、以下『CRISIS』)でジャパンアクションアワードを受賞、Netflix実写版『幽☆遊☆白書』(2023年)なども手がけてきた実績を持つ。
本作では、VFXを多用する一方で、「CGだけに頼りすぎない」演出も意識したという。「アナログでできることを工夫して取り入れられたらと、最初から考えていました」と田中氏は語る。限られた予算やスケジュールの中で、リアルなカメラワークや演出で“異能力者らしさ”をどう表現するかが、大きなテーマだった。
「ファンタジー作品なので、撮影方法で“不思議な力”を演出できないかと。CGは確かに便利ですが、全て頼るのではなく、アナログでも撮り方次第で印象を変えることができる。そういう工夫ができるのは、実写の面白さでもあると思います」と、映像づくりへのこだわりを明かす。
その第一歩となるのが「ビデオコンテ」だ。台本に沿ってキャラクターの動きやカメラワーク、編集テンポなどを映像で仮組みし、演出チームやCG担当と共有する。「こう撮れば成立する、というイメージを具体的に示すことで、全員が同じ方向を向いて制作できるようにしています」(田中氏)。
異能力という非現実的な設定を、実写の制約の中で成立させる。田中氏の演出は、そのギャップを埋める緻密な設計と現場との丁寧なコミュニケーションによって支えられている。
ビデオコンテの大切さ イメージを固める演出術
異能力という要素を扱う本作では、撮影時点で完成映像と大きく異なる場面も多い。そこで不可欠となるのが「イメージの共有」だ。特にVFXを用いたシーンでは、俳優たちは何もない空間でリアクションを取らなければならない。だからこそ、田中氏はビデオコンテを活用し、撮影現場に入る前の段階からイメージを明確に伝えるよう努めている。
「撮影現場では、実際に何が起こっているのかが見えないケースが多くなります。そうした中でも、俳優の皆さんが混乱しないよう、あらかじめ“こういう映像になります”と伝えすることを大切にしています」と語る。
実際、『幽☆遊☆白書』の制作経験が大きな下地となった。「CGをどのように撮影と組み合わせるのかを理解していれば、映像をどう設計すればいいかが見えてくる。その知識があったことで、今回のビデオコンテ作成にも自信を持って臨めました」。
また、こうした事前準備は、撮影チームやCG担当だけでなく、俳優にとっても安心材料になる。「完成形を知らずに演じると、『今この瞬間、何をやっているんだっけ?』と不安になってしまうことがあります。それを防ぐためにも、事前に映像の方向性をしっかり共有することが重要だと考えています」。
アクション監督としての田中氏の役割は、単なる動きの演出だけではない。撮影現場に入る全員が迷わず撮影に臨めるように、設計と共有を通じて支えていく。そのプロセスが、リアルで説得力のあるアクションへとつながっている。
本作では30シーン以上のビデオコンテを制作し、更新も含めるとその数は100本近くに上る。「これだけ作ると、やっぱり愛情が湧いてくるんですよ。どうしても思い入れが強くなってしまう。だからこそ、成立させたいという気持ちが自然と強くなります」。
初監督作で受賞 俳優の底力に感動
田中氏が初めて本格的にアクション監督を務めたのが、『CRISIS』だった。ここでの経験が、彼のアクション演出に対する考え方に大きな影響を与えている。
「出演されていた俳優の皆さんの身体能力が素晴らしかったんです」と田中氏は振り返る。「僕たちは動きのあるシーンを設計する立場ですが、そこに俳優の芝居が乗ることで、アクションに厚みが生まれる。あの撮影現場では、まさにそういう瞬間がたくさんありました」。
特に印象的だったのは、俳優たちがアクションの“完成形”を想像しながら演じてくれたことだという。単に教わったアクションを型通りにこなすのではなく、演技としてアクションを成立させようとする姿勢が、何よりうれしかったという。
「僕たちの想像で作った動きを、俳優の皆さんが撮影現場で“自分のもの”にしてくれる。その過程を見るのが本当に楽しいですし、あの時の経験が、自分の中で1つの基準になっています」。
アクションは、演出家やアクション監督の“作品”であると同時に、俳優の“表現”でもある。その両方がかみ合ったとき、初めて見る者の心を動かすシーンになるのだ。同作の撮影現場は、田中氏にとって、そうした“理想的な関係性”を体感できた特別な時間だった。
アクション映画の本場・香港で学んだこと
田中氏がアクションの世界に足を踏み入れたのは、大学卒業後のこと。「もともと弟がこの業界にいて、特別なきっかけというより身近にその世界があったからなんです」と語る。中学生の頃から物珍しさで地元のアクション教室に通ってはいたが、当時は「趣味の延長」のような感覚だったという。
ところが映像業界に入ってから、視野は大きく広がっていく。その1つが、香港映画でのスタントマンとしての経験だ。中でも、世界的アクションスターのドニー・イェン氏が出演する作品に複数参加したことは、特に印象深かった。「4作品ほど関わらせてもらいましたが、あの環境は特別でした。言い訳せず、とにかくやるという姿勢が貫かれていて。ノーと言えない空気の中で、緊張感を持って挑むことの大切さを学びました」。
この“真剣勝負”の経験は、今の演出姿勢にも強く影響している。「とにかく何とかする、というマインドですね。だから今も、なるべく工夫で乗り切れる方法を考えるようにしています」。アクション監督としての柔軟性と責任感は、こうした国際的な撮影現場で培われた。
業界の課題と未来への願い
田中氏は撮影現場で常に感じていることがある。「アクションって、派手に見えても実はすごく地道な仕事なんです。作業量も多くて本当にハード。でもそのわりに、評価の対象になりづらい面もある」。
担い手の不足も気になるところだ。アクション業界を目指す若者が少なくなっている現状に、危機感を抱いている。「純粋に“楽しい”と思って続けられるような現場や環境をつくらないと、人は残らない。もちろん仕事ですから楽しければいいというものでもないですが、それが入り口になってくれたらとは思っています」。
そうした環境づくりのためにも、自身が率先して「本気でやることの楽しさ」を見せるようにしている。“寄り添う”一方で、時には “攻める”ような演出も意識していると明かす。「スタントマンの仲間だったら、もう少しやれるんじゃないかと思う部分もある。でも、限界を知っているからこそ、そこに挑む面白さもあるし、その魅力を伝えていけたらいいなと思っています」。
「アクションって、ただ動くだけじゃない。頭を使って、どう見せるか、どう伝えるかを考え続けなきゃいけない。だからこそ、そこに面白さがあるし、もっと認められてほしい分野なんです」。
今後については、「継続的に作品づくりができる環境整備」が重要だと語る。「仕組みがあれば、自然と若い担い手も育つ。だから今は、その土壌を少しずつでもつくっていけたらと思っています」。
田中氏が目指すのは、単に“かっこいい動き”を作ることではない。映像作品において、アクションが正しく機能し、俳優と作品を支える柱になること。そして、次の世代が誇りを持って、それを担える未来を築くことだ。
表に見える激しい動きの背後に、緻密な設計と撮影現場を支える人々との丁寧な共有がある。変わり続ける映像制作の現場で、田中氏が示すのは「どう作るか」ではなく「どう伝えるか」。その姿勢は、日本のアクションのあり方が次の時代に進むためのヒントにもなっていくはずだ。
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