
専門分化が進む現代医療において、あらゆる症状の“入り口”として注目されるのが「19番目の新領域」ともされる「総合診療科」だ。年齢や性別、臓器にとらわれず、患者を“人”として診る――そんな医師たちの姿を描く漫画『19番目のカルテ 徳重晃の問診』(ゼノンコミックス/コアミックス)は、現在も連載が続く話題作である。
【写真をみる】丁寧な人間描写が織り込まれる『19番目のカルテ』の視点
本作を手がけるのは、『しょせん他人事ですから〜とある弁護士の本音の仕事〜』(白泉社)などの作画を担当している富士屋カツヒト氏。本作には、医療現場のリアルと、登場人物たちの丁寧な人間描写が織り込まれている。
なぜこのテーマに挑み、どのようにキャラクターを立ち上げていったのか。物語の舞台裏を、富士屋氏に聞いた。
“人を診る医師”のリアルを追って
作品誕生のきっかけは、編集部から「“総合診療医”という企画で描いてみませんか?」と声をかけられたことだったという。当初、富士屋氏はその“総合診療医”という言葉にすぐピンときたわけではなかった。
「当時NHKで放送していた『総合診療医ドクターG』という番組でなんとなく知っている程度で、他の専門医とどう違うのか、はっきりとは分からなかったんです」と振り返る。
主人公で総合診療医の徳重晃を作っていく中で、医療原案として本作に協力している現役の総合診療医として活躍中の川下剛史医師の話が大きな助けになったという。総合診療科はさまざまな専門科と連携しながら診療を行う。そのため、他の医師や診療科の特性を把握し、尊重することが欠かせない。
富士屋氏は「医療現場にいる人目線の話の数々を聞いていて、その人しか見ることができないアングルに面白さを感じました」と明かす。
そんな川下医師からの監修コメントには、専門領域の医師たちに対する敬意が随所ににじむ。「『この表現は変えたい』といった指摘の1つ1つに、“なるほど”と目から鱗が落ちるような視点があって。とても勉強になりました」と富士屋氏は振り返る。
全ての話に“自分”がいる
徳重ら医師たちの人物像や診療エピソードは、川下医師から聞いた話から着想を得ながら丁寧に作られていった。一方で、作中で徳重のもとを訪れる患者たちは、富士屋氏自身の“視点”を色濃く反映して描いている。
「川下先生からは“医療現場の温度感”を教えてもらい、患者の描写には、常に“自分の物差し”を持ち込んで描いています」。
例えば、第7巻で描かれる“真夏の公園で徳重が出会ったヤングケアラーの少年”、第8巻で描かれる“母娘による老老介護”や、第9巻で描かれる“ワンオペ育児に追い込まれた父親が気づけなかった子どものくる病”など、家庭や暮らしの中でこぼれ落ちていきそうな声に光を当てる回には、とりわけ力が入ったという。
「妻がもし入院したらどうなるだろう、自分がもしワンオペすることになったら…と、描く際には自然と自分を重ねてしまうんです。どの患者のエピソードにも“自分がいる”感じがしています」(富士屋氏)。担当編集者も「常に“当事者の視点”で描こうとしている点が印象的です」と語る。
そっと寄り添う物語と、愛されるキャラクターたち
富士屋氏が特にこだわっているのは、“余韻のある終わり方”だという。日曜劇場『19番目のカルテ』の第2話でも取り上げられたヤングケアラーの回は、1コマ1コマに余韻を感じることができる。
「漫画では“完治”よりも“関係性”を描きたかったんです。徳重がそっとその少年の隣にいることで、また困った時に戻ってこられるような…そんな“ご縁”を残したかった」。徳重が少年にさりげなく寄り添っていることを示す、小道具として描かれたタクシーの領収書。その1コマにも、富士屋氏の思いがにじむ。
キャラクター造形も、1つ1つ丁寧に組み立てている。その象徴的な存在が、徳重に感化され整形外科から総合診療科に転科した若手医師・滝野みずき。モデルとなったのは、富士屋氏がかつてバイト先で出会った大学生だった。
「ツヤのある黒髪が印象的な、真っすぐで元気な子で。徳重がちょっとふわっとしているキャラクターだったので、対照的に見せたかったんです。滝野は真面目で一生懸命な“学級委員長タイプ”。それだけだと堅く見えかねないので、読者が応援したくなるような“愛される若者”として描きたいと考えました」。
そんな滝野について「不思議な魅力があるキャラクター」と富士屋氏。「周りの感想を聞くと、滝野は実際は強い人間なのに、どこか放っておけないような人を惹きつける魅力があるんです。そういうふうに捉えることができるんだなと驚きました。僕にとっては描きやすいキャラクターなんですけどね(笑)」と語る。
生きづらさに向き合う。“最適”という答え
作品を通して伝えたいことを尋ねてみると、富士屋氏は少し考え込みながら、静かに言葉を選んだ。
「うまく言葉にできないのですが、生きづらいと感じる人って、理想を追い求め過ぎているところがあると思うんです。全てを完璧にしようとせず、あえて諦めることも必要。自分の役割の中で“折り合い”をつけていくことで、社会とのずれを合わせる。それって、“最適”を探っていく総合診療科の考え方にも通じるものがあると思うんです」。
“最適”は、最良とは違う。100点満点ではなく、その人にとって一番合った答えを見つけていくこと。医療も人生も、結局は「こうすべき」よりも「これでいい」と納得できる地点に近づけていくプロセスなのかもしれない。
「僕自身、全部がうまくいっている人間ではないんです。うまくいかない中で、何を選ぶか、どう折り合いをつけるかを考えてきた。その気持ちを登場人物たちに投影しているところがあると思います」。
病気の診断や治療だけではなく、患者の「人生そのもの」に寄り添う総合診療科という存在。そんな医師たちのまなざしと、作者自身の人生観が、作品の根底で静かにつながっている。
総合診療というテーマに向き合いながら、どこか生き方にもリンクするような普遍性を描き出す富士屋氏ならではの視点。それが、「19番目のカルテ 徳重晃の問診」という作品の優しさと温かさを生んでいる。
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